エアロコンセプト:町工場のブランド、世界を飛ぶ

2008年08月8日 カテゴリー: 埼玉県

エアロコンセプト:町工場のブランド、世界を飛ぶ

エアロコンセプトという不思議なプロダクト・ブランドがあります。ひと度見たら、目に焼き付いて離れぬほど印象的。そして、細部にまでくまなく行き届いた精密な仕上げ。今、日本はもとより世界でも注目を集めるこのブランドは、埼玉県にある小さな町工場から生まれました。現代日本のキーワード、「モノづくりニッポン」を考える上で、このブランドの歩みはとても貴重に思えます。ひとときの間、町工場におけるモノづくりの世界を、一緒に探索してみましょう。

どの部分を見ても材質の質感の良さと仕上げの精度の高さが際立つ

男の子のロマン、航空機と新幹線

航空機や新幹線を目にして、心踊らない男の子はいない。そう断言しても良いほど、これら2種の乗り物は男のロマンが凝縮された乗り物です。無駄なくシャープなフォルムに加えて、高速で空を飛行し、陸を疾走する。男子諸子が、虜になるのも無理からぬことです。しかし、これらの乗り物を製作するためには、相当な技術と知識が結集されなければ形にならないことは、想像に難くありません。単なるスタイリッシュなデザインスケッチだけでは、航空機にも新幹線にもなりえないのです。当然、そこに求められるのは、精度が高く優れた技術。だからこそ、男の子たちは夢中になるのかもしれませんね。

精密板金って?

今回、訪ねた会社は、埼玉県鳩ヶ谷市にある渓水という精密板金加工の工場です。精密板金加工とは、その言葉の通り、精密な板金加工です。この工場でつくってきたのは、具体的には、主にボーイング社エアバス社、新幹線のシートパーツの構造体です。つまり、ここに集まる板金工たちは、日本はもとより、世界でも超トップレベルの技術を有する選ばれし名うての職人たちなのです。彼らの技術力があればこそ、男の子たちが憧れる乗り物は、お客さんを乗せて、陸を往き、空を飛ぶことができるわけです。

航空機のセンターコンソール部分。穴だらけなのは、軽量化が要求されるため

こちらは工場にあった道具。菅野社長は「これが財産なんだよ!」と語った

町工場が生んだオリジナルブランド!

しかし、この渓水が凄いのは、その技術力だけではないのです。何とこの小さな町工場、自分たちのオリジナル・ブランドを持っているのです。しかも、さらに興味深いのは、それがどこかの部品というだけではなく、完結した商品になっており、エンドユーザーの手に渡っている点でしょう。そのブランド名は、『エアロコンセプト』。その斬新なフォルムには、見た人の目に焼き付いて離れぬほどのインパクトが備わっています。アタッシュケース、名刺ケース、シガーケース、鞄、果てはギターケースなど、その独自性と存在感は、多くの人を圧倒します。もちろん、プロダクトの細部に映される精密さも極限の粋です。それは、この製品に「100分の2ミリ以下の誤差に仕上げなければならない」という航空機や新幹線の構造体製造に用いる高い精度の技術が、そのまま採用されているからです。見てよし、触ってよし、持ってよしなわけですから、まわりがこのプロダクトを放ってはおきません。元々は、渓水・菅野敬一社長個人の一途な想いだけでつくったものだったそうですが、それがいつしか、セレクトショップではビームスユナイテッドアロウズが扱い、百貨店では阪急伊勢丹で販売されるまでになっているのです。

「最初は、ただ、自分が欲しい鞄をつくっただけなんですよ。その鞄に図面を入れて持ち歩いていたら、”私にもつくってほしい”という人たちが次々現れて、いつの間にやら今のような状況になっているんです」(菅野社長)

エアロコンセプトの眼鏡ケース

エアロコンセプトの名刺ケースは、とりどりの色から好みのものを選べる

もの喋るモノ?

この話を聞いて、「幸運だなあ」と捉えることもできるでしょう。しかし、直にこのプロダクトを目にすれば、きっと「これだけ目を惹くものはどこにもない」。個人の好き嫌いは別として、ほとんどの人がそう思うに違いありません。

「優れたモノというのはしゃべるんですよ。使う人の手の中で、つくり手の想いのようなものをしゃべると思うんですよ」(菅野社長)

なるほど、確かに、エアロコンセプトのアイテムはどれを手にしても、つくり手の熱い想いというものが伝わってきます。モノがしゃべってくれるのなら、下手な宣伝なんかもする必要はありません。つくり手の魂が込められている、優れたプロダクトなら、必然、そのモノにはいろいろな人や状況が引寄せられてくるわけです。モノがしゃべって、噂が噂を呼んだ。つまり実力あってこその運というわけです。

モノの想い、世界を往く

著名ギタリスト達にも愛されるギターケースをつくり、ユマ・サーマンが化粧品入れを持つ。世界のギターメーカー・フェンダーポルシェ・ジャパン、ドイツの眼鏡メーカー・フロイデンハウスと恊働をする。そして、フランスの世界的にも最も知られた高級ブランドや世界で最大手となった日本の自動車メーカーにコラボレーションの依頼を受ける(ちなみに、このふたつのお誘いは断ったそうです!)。今、ひとりの男の「自分が欲しい」という想いと、小さな工場の職人たちの技術から生まれたエアロコンセプトというブランド・プロダクトは、そんな風に世界を駆け巡っています。これは、感嘆する事実であるとともに、同じ日本人としては、誇らしいことではないでしょうか。21世紀における「モノづくりニッポンの鑑」「町工場のヒーロー」と言ってしまっても決して過言ではなさそうです。そう言えば、近代日本の偉人、本田宗一郎さんや松下幸之助さんも元はと言えば、町工場の職人さん。相当な想いを込めてモノづくりをしたと伝えられていますが、「想い」を込めるという点においては、菅野社長の「想い」もきっと負けていないのでしょうね。この「想い」というものは、優れたモノづくりの原点なのでしょうか。

世界のフェンダーから発売されるエアロコンセプト・ブランドのギターケース

ハリウッドやニューヨークのセレブ達も持つというエアロコンセプトのハンドバッグ

日本町工場、職人論

日本における町工場の職人は、長い間、低い立場に立たされてきました。しかし、ここ日本は、戦後、モノづくりで国を立て直してきた国であることは誰も疑いはしないでしょう。そして、そのモノづくりの肝とも言えるのが町工場の技術です。彼らと彼らの高い手技なくしては、新幹線も航空機もトヨタもソニーもないわけです。

実際にモノをつくる人たちが、「早く、安く」ということだけを言われ続けたら、製品は、当然、粗悪なモノとして仕上がります。メーカーが「早く、安く」だけを追求して、製造を中国やベトナム、東欧などの外国に持っていってもそれは同じことです。その上、高い技術を持つ職人たちは職を失うことになり、放置しておけば、職人たちによる長年の経験で培われた高い技術は、当然、消滅の一途をたどるわけです。もちろん、時代の流れの中で自然淘汰されても仕方がない技術があるのはやむを得ないことなのでしょう。しかし、こうした状況でも、あえて希望的な観測を言えば、今もまだ町工場には「未来の渓水」があり、「未来のエアロコンセプト」となる宝の技術が埋もれているだろうということです。

名うての板金工の作業風景。ひとつひとつの作業に緊張感がある

成功の秘密は?

「今は誰も余裕がないんですよ。昔は、ちょっとぐらい高くなっても時間が掛かってもいいから、しっかり仕上げてくれよ、と言ってくれる人がいたものなんです。そういう中で、職人は技術なり考えなりを磨けたわけです」(渓水・菅野社長)

イタリアなどでは、4、5人で営んでいる小さな工房から、世界に名を馳せるブランドが誕生した例はいくつもあります。そう言うと、「どうしたらそんなことが可能になるのだろう?」と多くの人が前後に暮れるでしょう。しかし、「渓水のエアロコンセプト」は、まさに日本でそれに近いことを具現化した好例と言えるでしょう。そして、もし彼らの成功の秘密を挙げるならば、「自らの想いをカタチにした」という一点に収束されそうです。自分自身が心底欲しいと思うもの、それをたまたま生業だった精密板金加工の技術を使って、自分自身というエンドユーザーに向けてつくっただけ。そこには、「マーケティング」やら「ユーザーオリエンティド」などといった人を煙に巻く曖昧な言葉の入り込む余地は一切ありません。

伝播する想い

「つくったモノの中に自分自身がいるかどうかなんですよ。だから、僕はそのモノの本質をわかってくれなかったら、消費者にも持ってもらいたくないんですよ」(菅野社長)

菅野社長は、「アルミや鉄の素材の表面に付けられたさりげない傷や塗装材の剥げた感じが好きなんですよ」と嬉しそうに語ります。そこにあるのは、まさに「想い」です。素材に対する想い、技術に対する想い、カタチに対する想い、そしてそれらが組み合わせられたプロダクトに対する想い。隅々にまで巡らされた想いが、ハーモニーを奏でることで、有名セレクトショップや有名百貨店の目に留まり、多くメディアに取り上げられ、遠く海を越えてジワジワと広がりをみせる。想いがモノを媒介して人から人へと伝わっていく。ひとりの人間が頭に描いた想いに多くの人が共鳴する。それが、エアロコンセプトという小さな工場の自社ブランドに起こった現象ではないでしょうか。

作業を進めながら見つめる先にそれぞれの職人さんたちの「想い」が込められている

自らのアイディアと技術で

「自社のプロダクトをつくるようになったら、やっぱりうちの職人たちの士気もあがりましたよ。だって、楽しいですからね」(菅野社長)

製品のどこの部分になるのかを知らずに、部品をつくる。これはいかにもモチベーションの下がる生産方式です。しかし、自らの発案によるアイディアを自らの技術の粋を結して、エンドユーザーに届くカタチ=商品にできるようになったらどうでしょうか? これはつくり手にとっては、楽しくないはずがありません。

モノづくりニッポンに必要なものって?

日本は、これからも「モノづくり」というテーマを軸に未来を伐り拓いていかなければいけないということは、新聞などでは、明白なことのように語られています。「では、一体どうすればいいのか?」日本のモノづくりにとって大切なのは、グローバリゼーションの中で生き抜くための「合理性」「利益性」「即効性」なのか、それとも、人間の心の琴線に触れる「つくり手の想い」なのか。これは、モノづくりの恩恵を受けるひとりの日本人として、自らの生活に照らして再考してみても良い問いではないでしょうか。私たちがよく目をこらせば、私たち自身の生活環境の中にも、その答えのヒントは転がっているはず。何しろ、必要以上に多くのモノに囲まれているのが現代日本の暮らしですから。自分のまわりにあるモノに語りかけてみる。そうすることで、菅野社長が言うように「モノがしゃべり出す」という不思議な現象も起こるかもしれませんね。

こだわりの詰まった薄型のアタッシュケース

生のエアロコンセプトに触れてみよう!

さて最後に、渓水のブランド「エアロコンセプト」に直接触れてみたいという方にお知らせです。実は同ブランドのフラッグシップ店が、京都にあります。2007年末にオープンした同店は、長屋をリノベーションした空間。中には、何か凛とした「気配」が漂っています。それがプロダクトがまとう空気と見事に調和しているので、安心した気持ちでプロダクト鑑賞をできるというわけです。

AERO CENCEPT KYOTO
京都市東山区新門前通大和大路東入西之町223-1
075-533-7161

ズラリと並べられたアイテムを直に手に取れば、きっと、職人さんたちの息づかいが感じられるはず。興味のある方は是非、足を運んでみてください。

京長屋の緩やかな空気が、写真からも伝わってくる

Text & Phots: Takafumi Suzuki

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