気仙沼工房:蕎麦の心と石臼

2008年08月1日 カテゴリー: 宮城県

気仙沼工房:蕎麦の心と石臼

今回、訪れた先は宮城県の気仙沼。陸の孤島とも呼ばれる土地で、決してアクセスのしやすい場所ではありません。しかし、こうした隠れ里から、宮城県全域、ひいては全国にまでアピールするプロダクトをつくる会社があります。会社名は気仙沼工房、同社の商品は石臼。「石臼?」と眉をひそめた方は、宮城県のみやぎものづくり大賞のグランプリまで受賞したこちらの製品の実力に驚くかもしれません。その前に、石臼という存在にいまいち馴染みのない人は、私たちの生活にどれほど重要なモノであったのか、お蕎麦をすすりながら想いを馳せるのもいいかもしれませんね。

蕎麦というニッポンの心

蕎麦は、ニッポンを代表する食べ物です。寿司や天ぷらほどのインパクトを持たずとも、年を重ねる毎に、その魅力は奥行きを持ちはじめる。いぶし銀の味わいに、舌鼓を打つ。これは、日本の大人の嗜みとしては、最高級の部類のものなのではないでしょうか。 全国には「蕎麦好き」と称し、その探求に生涯を捧げる人も少なくはないのです。「東京蕎麦食」や「蕎麦三昧」は、まさにそんな「蕎麦好き」が編集した優良情報を入手できるサイト。東京都内で美味しい蕎麦を食べたいと考えるのなら、ここさえチェックすれば、求める蕎麦屋が見つかることはうけ合いです。(ちなみに筆者は、取材で訪れた玉造温泉の玉井館の近くの出雲そばが、昨年一番美味しかった蕎麦でした) しかし、蕎麦というあまりにもシンプルな食べ物に、どうしてこうも人は魅せられるのでしょうか。ツヤ、ハリ、コシ、口当たり、歯ごたえ、粘り、香り、喉越し、しっとり感などなど、その評価する観点は様々あります。しかし、これらのポイントが全体として、どうハーモニーを奏でるのかは、蕎麦粉という素材と蕎麦打ちの技術にかかっている。蕎麦を打つ人の心と技が、「美味」を生み出すわけです。ここには、何かいかにも日本的な削ぎ落とされた、ミニマルな美意識が宿っているように感じられます。

そばの花。この植物から蕎麦が生まれるというのは、神秘的なものを感じる

蕎麦打ちブーム到来中

さて、2007年からはじまった大量定年退職の時代、プロではなく素人たちの間で、にわかな蕎麦打ちブームが起こっているようです。その証左として、初心者でも簡単にこれをはじめられる「麺打ち道具セット」がネット上では、あちらこちらで売られています。およそ15,000円から20,000円を払って、付属のDVDを見ながらはじめれば、自分らしい蕎麦を家でも打てる、というわけです。『蕎麦打ちの科学』という、蕎麦打ちをこと細かに説明してくれるサイトによれば、「蕎麦、それ自体は繋がり難いが、よく人を繋ぐ。そして、興味を持って取り組めば、その度合いに応じた感動を返してくれる。蕎麦は気まぐれである。最高の出来の後に最悪の失敗。それにもかかわらず、また打ちたくなる蕎麦の魅力とは何。」と何だか蕎麦打ちに挑戦したくなる名口調で、その醍醐味を語ってくれています。

ネット上で簡単に購入できる蕎麦打ちセット。DVD付きなので、抵抗なくはじめられる

蕎麦打ちの真骨頂、石臼

さて、今回、取材に訪れたのは、石臼をつくっているメーカー・気仙沼工房です。石臼は、蕎麦粉を製粉するのに活躍してくれます。「蕎麦粉くらい買ってくればいいのに」そんなことを考える人は、「こだわることの何たるかを知らない人だ」と蕎麦好きの人には言われてしまうかもしれません。「どうせ蕎麦を打つのであるなら、蕎麦粉からつくらなければ、蕎麦打ちをする意味さえない」、そう彼らは言うわけです。そして、何を隠そう気仙沼工房の菅原正博社長も、元を辿れば、「蕎麦好き」の人です。そして、蕎麦打ち道を探求する過程で、「石臼」という存在に辿り着いたのです。好きこそものの上手なれ、とはよく言ったもので、趣味が高じてつくった製品は改良に改良をかさね、何と宮城県のものづくり大賞のグランプリまで受賞することになってしまったのです。「正直、私自身もこのことには驚いたんです。皆様の素晴らしいものづくりのスピリットを見聞できるだけでも、勉強になると思って参加した授賞式でまさかウチの製品が受賞できるとはよもや思っていませんでしたから」と菅原社長は慎ましやかに語ってくれます。しかし、製品のクオリティに対しての自信はかなりなものがある様子。やはり、自分の好きなことを形にしようとすると、妥協が入らない。結果、最高のものが生まれるということなのでしょうか。

目立てる必要のない石は取り替え可能

石臼の目立て師の不足

石臼には御影石や安山岩系の石が用いられます。そして、これらの石を石臼として製作できる、腕のある石材屋さんはかなりの数いるそうです。ところが、この石臼には、もうひとつ大切な作業があります。それは、摩擦面を目立てることです。蕎麦の実を良い蕎麦粉にするためには、この作業がどうしても欠くことができないのです。現在は、石臼を目立てる職人さん自体が少なくなってきています。つまり石臼はあってもそれをメンテナンスができる人自体が少ないのです。

気仙沼工房製の電動石臼。近未来的なフォルムだが、ここまで小型化された本格石臼はない


石臼の世界史

ところが、菅原社長がつくった電動石臼は、石臼というものの存在を根本から覆すものと言ってもいいかもしれません。そのヒミツは、この電動石臼に用いられる石にあります。「石臼は世界各地で見られた文化です。起源を辿れば、紀元前1300年前の西アジア(現トルコ東部)に行き着くと言われています。その後、伝わった先々で、その土地土地の石、硬度、表面のざらつき、粗さ等で石臼に適した石が用いられたようです。例えば、フランスのブルーストーン、イギリスのダービー・シャイヤー・ピークストーンなどがその代表的なものでしょう。私は、こうした歴史に基づいた資料を参考に、日本に石探しの旅に出ました。そして、ようやく巡り会ったのが当社の電動石臼に用いられている石だったのです」(菅原社長)。

気仙沼工房の菅原正博社長

栃木県佐野市にある『手打そば さい藤』も気仙沼工房の石臼を導入

同じく『石うす手打そば 晴れたらいいね』も電動石臼を用いる

電動石臼で蕎麦打ち名人

ちなみに、この石については、同業者に真似されてしまうと困る、という理由で石の名前は明かせないそうです。しかし、この石が素晴らしいのです。それは、何と言っても、目立てをする必要がない点でしょう。プロからの信頼も篤く、蕎麦屋でも導入をするところが増えています。「ウチの製品は、プロはもちろんのこと、蕎麦打ちをはじめたばかりのアマチュアの方にも納得してもらえる製品だと思いますよ」(菅原社長)。プロのお蕎麦屋さんでも、第二の人生を楽しもうとする蕎麦打ちに興じる人たちでも、十分に楽しめるプロダクトというわけですね。

電動石臼に詰められた蕎麦の実

製粉されても香ばしさはそこなわれない

石臼を想う

お水の良さ、打ち方の妙など、美味しい蕎麦の源流を辿れば、その根源にはさまざまなものがあります。しかし、中でも極めて大切な要素のひとつとして挙げられるのが石臼です。今回、蕎麦を製粉するものとして石臼を挙げましたが、文明が発展する歴史の中で、石臼は極めて大切な役割を果たしてきた、影の立役者です。そこで挽かれた穀物が、先祖代々の身体を通り抜け、遺伝子として私たちに受け継がれている。「石臼」というモノは、現在の私たちの生活の中では、すっかり影に隠れてしまった存在です。しかし、こうした事実を鑑みると、自然と畏敬の念が沸いてはきませんでしょうか?

夏の間、一度はやっぱりざる蕎麦をすすりたいもの

Text & Photos*Except several images : Takafumi Suzuki

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