大矢製作所:江戸時代から伝わるおろし金

2008年07月25日 カテゴリー: 埼玉県

大矢製作所:江戸時代から伝わるおろし金

大きなレストランで腕をふるうプロフェッショナルな料理人は、いろいろなものをおろさなければいけません。大根、山芋、リンゴ、ショウガ、ワサビなど。機械のおろし機を使う手もありますが、良質なレストランの料理人はそれを嫌います。それは、風味、味、食感が明らかに別物になってしまうからです。

銅板を何度も叩いて鍛え上げられているので頑丈

プロ御用達

手づくり「おろし金」というものを製作しているメーカーは、関東では数社しかないそうです。さらにこれがプロ向けの手づくりとなると、その数はさらに絞られてしまいます。そのプロ用手づくりのおろし金の老舗メーカー、それが今回取材をさせてもらった大矢製作所です。

不揃いの目(刃)

大矢製作所のおろし金は、スズメッキが施された硬質の純銅板を叩き締めたものを熟練職人がひと目ずつ手打ちで刃を起こしてつくります。叩き締めるとは、銅板を何度も何度も叩いて鍛え上げる工程です。こうすることで、全体は頑丈になるのです。目立てというのは、文字通り目(刃)を立てていくことを指していいます。タガネ(鋼鉄製ノミ)に椿油をつけて、金槌で職人がひとつずつ手打ちで目立てをしていくのです。一枚のおろし金を目立てる時間は、熟練の職人が集中して、表裏合わせて約30分程度です。

ですから、大量生産された陶器やアルミのおろし金と比べると、見た目に刃並びは極めて不規則です。

「職人が、手打ちで目を立てをしていますので、凹凸、並び、目の大きさなんかは不揃いです。でも、そのお陰で、タテの上下運動だけで、大根の繊維を切るように、おろせるんです」(大矢さん)

亀の形をした薬味専用のおろし金

鶴の形をした薬味専用のおろし金

伝統的な平型タイプのおろし金

量産のおろし金

なるほど、おろしてみると、その違いが際立ちます。陶器やアルミのおろし金では繊維と水分が分離してしまいます。それは押しつぶすように擦るからです。大根の美味しい汁が大量に出ていってしまうのです。ですから、擦り上がった大根おろしは、どうしても残りカスという風情になってしまいます。さらに、大根の向きを変えたり、まわしたりと、大忙しです。このことについては、著名なプロダクトデザイナーであり、大根おろしをデザインしたことのある山中俊治さんの言葉が想い起こされます。

デザイナー山中俊治の目

「大根おろしって、しばらくおろしていると、滑ってつるつるしちゃって、する向きを変えるか、斜めにおろすかしないと、ちゃんとおろせないという状況になりますね。あれは実は、大根おろしの刃が1列に並んでいる、どっちかの向きに機械で作った一定ピッチの歯の植え方がもたらす弊害なんです。どっちかの向きに並んでいると、例えばそれが斜めであっても、そっちの向きに1回すっちゃったら、その途端に大根にそういうレールができちゃって、そこからなかなか外すのが難しくなるんです。これは実は、昔ながらの職人さんが手で作った大根おろしでは起こらないことなんですね。それはなぜかというと、職人が手で目立てしていくので、ピッチがどうしても一定にはならない。かくして、歯の目立てがランダムな昔の大根おろしは、シャリシャリとちゃんとおろせるんですね。 」(山中俊治さん/『人にやさしいIT 赤池学』より)

集中力が伝わってきます。裏表合わせておよそ30分程度をかけて目立てる

工場には、カンカンという甲高い音が鳴り響く

不規則な目が生む美味

まさにこれは、大矢製作所の手づくり銅おろし金のことのようです。繊維と水分が分離されないのは、不規則な刃並びと切れ味が大根やリンゴ、ワサビの新しい面を次々とおろしていくからです。並びが不規則だと、量産品ですぐにできてしまっていた溝ができにくくなるのに加え、目に繊維がつまりにくくなるので、途中でおろせなくなることもありません。さらに不規則だと、力を入れて円を描いたり、向きを変えたりする必要もなくなるわけです。そして、大きく鋭い刃は、大根を小さく切り取る感じですから、汁を損なわずに、大根の味がしっかりとする大根おろしになるわけなのです。

刻印打ち用の道具

30年も愛用できる?

さて、肝心の味の方はどうかと言うと、繊維と水分が分離しないので、パサついたり、水っぽくなったりしません。コクがあり、色鮮やか。しかも何と言っても大事なのは、栄養素が壊されないのです。淡雪のような食感で美味しさもアップします。

特別なオーダーがない限り、表面はやや目が荒く大根や山芋に、目の細い裏面はショウガやワサビに向く目が立てられています。 値段は、目の数(手間)によって決まります。1号1万1000円〜6号4200円。業務用は1〜3号、家庭用ですと3〜6号でしょうか。数字だけを見ると、「たかがおろし金なのに随分高いな」という声も聞こえてきそうです。しかし、食材を美味しく風味よくおろしてくれるこの器具が、10年もつと聞いたらどうでしょう?しかも、価格の半額程度の値を都度払って、目立てをし直せば、さらに10年。目立ては2回まで直しができるそうですから、つまり30年間はもつということになります。

今に生きる江戸初期の技法

大矢製作所の歴史は古く、昭和3年(1928年)に浅草で開業といいますから、80年間もおろし金を一筋に製作してきたことになるのです。しかも、その製作方法は、江戸時代から続く長い伝統のあるものだといいますから筋金入りです。プロ用の道具でありながら、近年、キッチンツールにこだわりを持つ人が増えたこともあり、一般の方が男女問わず多く購入していくそうです。なるほど、一度、このおろし金でおろした大根おろしを食べてみると、量産品を使うのを少しためらう気持ちもわかります。それに、こういう職人の魂が宿ったプロの道具が、キッチンに置かれていると、キッチン全体が凛とした空気を漂わせるから不思議なものです。興味がある人は是非、 問い合わせをするか、オンラインショップから注文をしてください。

平型タイプのおろし金には押される刻印。「大矢」印のほか、納品先から預かっている数々の刻印がある

Text & Photos:Takafumi Suzuki

1 Comment

  1. 「大根おろし」について勉強になりました。
    こんな細かい違いが大きな味の違いを生むのですね。

    Posted by: Anonymous on July 29th, 2008 at 6:32 pm

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