
少しずつながら、変わりつつある日本の社会構造。栄える仕事もあれば、衰える仕事もあるのは、きっといつの時代にもあったことでしょう。今回レポートするのは、気仙沼という土地に礎を置くユニークな造船会社のお話です。彼らが成し遂げたのは、時代の変化に対応した海から陸への進化。「温故知新」「野生の王国」をキーワードに、斜陽産業の中において躍進企業へと生まれ変わった高橋工業って? 同社社長に話を聞きました。
宮城県気仙沼市
気仙沼市は、宮城県北部に位置し、全国有数の漁港のある土地です。(以前の記事で紹介したホテル・アローレ近くの橋立漁港とは、またひと味違った赴きがあります)気仙沼漁港と聞くと、「フカヒレ」を思い出す人も多いのではないでしょうか。というのも、ここはサメの水揚げ量が日本一、なんと全国の水揚げの9割をも占めるそうなのです。「本場、三陸気仙沼産のフカヒレ!」なんて、宣伝文句を耳にしたことはありませんか? サメの種類もなかなかバラエティに富んでいて、とても覚えられそうにありません。ネズミザメ、アオザメ、オナガザメ、メジロザメ、イタチザメ、アブラツノザメなどなど。もちろん、サメ以外の漁も盛んです。例えば、サンマ、カツオ、マグロ、メカジキなどが水揚げされます。全国有数の魚市場に行けば、見学用デッキで水揚げの様子や入札の様子など、普段なかなか目にできない様子を目の奥にしまって帰ることができます。
陸の孤島?
しかし、気仙沼は、宮城の中心地、仙台から車で3時間近く走らせなければ辿り着けないような場所にあり、陸の孤島などとさえ呼称され、なかなかアクセスしづらいところに位置します。とはいえ、ここには豊かな自然の恵みが溢れ、足を運ぶとここから生み出されるものの、ナチュラルな息づかいを感じられるはずです。


マグロ漁船の基地、船大工の生きる街
さて、この土地が漁港であるということは、つまりは船が必要であるということです。今も水揚げされるマグロは、かつてはもっと盛んに行われていたようで、気仙沼漁港は日本有数のマグロ漁船の基地としても知られてきました。では、遠洋漁業に必要なマグロ船が必要となれば、当然、土地に根差した船大工たちもこの土地で生活を営んでいるに違いありません。
原油価格の高騰に苦しむマグロ業、そして造船業
しかしながら、昨今、彼らには困った問題もあるのです。ここ気仙沼を基地とした遠洋漁業自体が減ってきてしまったのです。それは、台湾などから安い輸入マグロが入ってくることや原油価格の高騰と深く関わりがあります。何しろ遠洋マグロ漁は、南アフリカのケープタウンや北大西洋など、世界の果てまでマグロを追いかけて航海をします。約一年にも及ぶ一回の航海で消費する石油の消費量は、1000キロリットルにも及びます。これだけの量の石油を消費する産業にとって、現在の原油価格の高騰が与える打撃は、相当なものになってしまうわけですね。もちろん、この打撃の連鎖は造船会社にも及びます。

海から陸へ
さて、今回紹介するのは、こうした逆境を逆手に取って、新しい地平を切開く高橋工業という名の造船会社です。この会社がユニークなのは、長い間、海に当てていた焦点を陸に移したことです。つまり、彼らは長年培ってきた造船技術を陸にある産業に活かそうと英断を下したのです。では一体、彼らが目を付けた産業とは一体何だったのでしょうか? 同社社長である高橋和志氏は次のように語ります。
「”ウチは造船屋だぞ!”という想いはありました。でも、最初にこの話が来たとき、”ああ、これは造船と基本は同じことだ”、そう思ったんですよ」。
その仕事とは、リアスアーク美術館の鉄板曲面加工の注文でした。相談を持ちかけたのは建築業界ではよく名を知られた建築家・石山修武氏です。これが、高橋工業にとって、造船業から建築業へと視点を移すキッカケとなるのです。



建築賞を総なめ
この高橋工業が唯一無比なのは、造船会社なのに建築賞を総なめにしているところではないでしょうか。日本建築学会賞、建築業協会賞、金属協会建築賞、日本美術建築工芸協会賞、グッドデザイン賞など、その受賞例には枚挙にいとまがないほどです。さらに、取り組むプロジェクトの全てが超一流の建築誌やデザイン誌、果ては一般誌に掲載されているというから、驚きです。一体、どうして高橋工業ばかりが注目されるプロジェクトに関われるのでしょう?
3つのセンスって?
「僕らは面白いと思うプロジェクトにしか手を出しません。そして、他の建築屋さんが簡単に真似できてしまうような技術の提案はしないようにしているんです」(高橋社長)
彼らは、建築屋にはない造船の技術一点を徹底的に掘り下げて、どう建築の世界に転用したら上手くいくかを発想し、提案するわけです。「でも、じゃあ、他の造船屋さんにもできるんじゃないの?」という疑問も自然に沸いてきます。しかしこれも、規模によるコストの面や経験の面から、他の造船屋は真似をしたがらないのだそうです。つまり、彼らにはセンスが備わっているわけです。プロジェクト選びのセンス、コストに合った技術提案のセンス、そして市場でのポジショニングのセンス、これら3つのセンスが見事に調和することが、どうやら高橋工業の活躍ばかりにスポットライトが集まる理由のようです。では、具体的には、彼らがどんなプロジェクトに携わっているのか、その数々を見てみましょう。

リアスアーク美術館
建物自体がわざと微妙に傾いていたりする外観。正面のエントランスは厚さ30センチの鋼板で、一部が凹んでます。


ランバン 銀座
アクリルと鋼板が一体になった窓枠のない窓。昼間は、光が外からさし込む。造船における「はめ合い」の技術を採用した。
コールテン鋼パネルを外装に採用、雨や汚れなどの問題を意匠、構造の一体化によって解決。


IRONY SPACE
力強い鉄の表現をコールテン鋼によって表現。時間の経過とともに周囲の自然に溶け込む。鉄、水、緑の調和を実現。エコ住宅でもあるそう。


蓮池手洗い所(皇居内)
炎と水を用いる造船鋳鉄法により、アルミ合金を見事な3次元曲面に形成させている。


「コルビジェとサン・テグジュペリの精神を統合したような建築」というコンセプトを具現化したもの。特徴的な建築外観を造船技術で実現。


世界に名を馳せる建築家・伊藤豊雄氏が設計し、当時、大きな話題を呼んだ建築物。中でも注目されたのが、延べ500キロメートルにも及ぶ膨大な量の溶接作業が必要とされた柱チューブ。柱チューブと床パネルを合わせて合計6000トンもの鋼材が用いられている。鉄を熟知した船大工の造船技術があったからこそ可能となった建築物。


未来へのエネルギー
古くから漁港に伝わる造船技術が、これだけコンテンポラリーな建築物に活かされているというのは、嬉しいことです。まさに、温故知新。そしてまた、見る者にどこかしら船を想起させてくれるのも、嬉しいことですね。現在、日本では、製造業や農業など、業界全体のシステムがうまく機能せずに、自らの産業の斜陽ぶりを嘆く声は、いたるところで聞かれます。しかし高橋社長の発言には、未来へのエネルギーが満ちていて、話を聞いていると、「嘆いてばかりいてもはじまらない」と姿勢を正される想いをさせられます。そんなわけで、この記事の最後に、高橋社長のメッセージを記すことにしましょう。
野生の王国
「まず、私たちは、市場経済というものが野生の王国であることを、改めて認識しなければなりません。ここで生きていくために、必要なのは、自分が何者であるのかを知るということ。ウサギはライオンには戦いを仕掛けません。草原に草を食べに行くのが普通です。それは、己を知っているからです。生き残るためには、どうすべきかを知っているのです。これは、私たち人間にも当てはまるのではないでしょうか。私たちが行っているのは、旅をして市場という野生において自らを知り、どこに行けば食料にありつけるかを探ることです。そして巣に帰って、矛を磨いて盾を鍛えます。そうすれば温存した体力で、いざというときに一点突破ができる。大きな相手(企業)でさえ打ち負かすことができるのです。そのためには、ドンブリ飯に胃袋を慣らさず、小さな茶碗のご飯で機敏に動けるようにしておくこと、体力と感性を鍛えることが大切だと思っています」(高橋社長)。
なかなか含蓄のある、深いお言葉をどうもありがとうございます! 読者の皆さんも、屈強な野生味に溢れる船大工の棟梁、そして現代のビジネスマンでもある、高橋社長の言葉を噛み締めて、明日への活力にしてください。


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