
愛媛県松山を歩いていると、街のいたるところで「道後ビール」という名の地ビールを目にします。シャープなデザインに、ビビッドな黄色のロゴは、見る人の脳裏にクッキリと焼き付きます。実は、今回、訪れたのは、この地ビールを製造する酒蔵です。酒蔵と地ビール、そして地酒。そうです、今回紹介する水口酒造は、すでに紹介した熊澤酒造と少し似てます。しかし、面白いのは、この松山、道後の地に根差したアイディアでコトを進め、今と未来を伐り拓いているというところでしょう。今や、「松山人に知らぬ人はいない」とまで言われる地ビールと地酒を生んだ酒蔵には、かつては、夏目漱石も足を運んだのでは、と言われます。道後温泉本館、ホテル八千代、坊ちゃん列車に松山城、そして水口酒造。やはり愛媛県松山は、情緒が溢れる土地のようです。
ジャパンビアグランプリに輝いた道後ビール
「キレの良さ、深い色合い、そして豊かな風味」があるビール。道後ビールを形容するとしたら、そんなビールと言えるでしょう。ときに地ビールは、飲みにくいものになってしまいがちですが、このビールは違います。男性だけでなく、女性にもお薦めできる、軽やかな味でありつつ豊かな香りを感じさせてくれるビールなのです。ジャパンビアグランプリでも、金賞を受賞した実績を持つ、折り紙付きのビール。道後ビールが生まれたのは、平成8年(1996年)のことです。
水口酒造の創業が明治28年(1895年)ですから、約100年(正確には101年)の時を経ての、大転換期が訪れたことになります。では、それは一体、どんな転換期だったのでしょう?
「90年代は、地ビールがブームだったんですよ。そのときに、”道後温泉本館に泊まりに来たお客さんに湯上がりに地ビールを飲んでもらうことはできないのだろうか?”という声があがったんです。そんな声に答える形で生まれたのが、ちょっと和風の地ビール、道後ビールなんです」。そう語るのは、水口酒造株式会社の水口義継社長。旅先での湯上がりのビールというのは、ただでさえ、良い想い出になるものです。それが、美味しくて、さらに地ビールであるということになったなら、観光で訪れた人が、そのビールを記憶するのは深くうなずける話ですし、その記憶が旅先への印象を良くするのも確かなことでしょう。


まさしく、「湯上がり」な酒場とビール
しかし、さらに面白いのは、その仕掛けです。「道後ビール」を直接、道後温泉に結びつけてしまおう。そのような発想から、水口酒造は、気軽に立ち寄れる酒場「道後麦酒館」を、道後温泉本館の横にオープンさせるのです。これぞ、まさしく絵に描いたような「湯上がり酒場」「湯上がりビール」と言えるのではないでしょうか。
「”温泉に入ってもらうだけではなくて、この土地に根差した、ひとつの物語を観光客のみなさんに楽しんでもらおう”と思ったんです」(水口社長)。
水口社長は、地域活性や街づくりということを、常に念頭に置いた上で、自らの商いである水口酒造の経営をしているようです。 実は、前回の「ホテル八千代」の記事で紹介した坊ちゃん列車を走らせるために尽力したのもこの人物のようなのです。
「確かに、私は坊ちゃん列車を走らす委員会の委員長を務めていて、伊予鉄道に掛け合うなんてこともしました。でも、結局、私たちは、道後温泉本館という素晴らしい建物があることで、100年以上も商いをさせてきてもらったわけですから、自分自身も土地のために何かしないといけないという想いがあるんです」(水口社長)。
外からの眼差しで酒蔵を見る
そう語る水口社長は、バイタリティーに溢れる人物。その経歴もユニークです。実は、彼、27歳までは、医者を目指して大学病院でインターン生をしていたそうです。もちろん卒業したのは、医大。家の事情で突然の進路変更を余儀なくされて、ほとんど素人の状態から酒造りの道に歩みを進め、一から学ばなければいけなくなったわけです。杜氏の人や税務署の人に、酒造りのイロハを教わりながらの経営は、もちろん楽なものではなかったのでしょう。水口社長は言います。
「まったくの別世界から入ってきたわけですから、右も左もわかりませんでしたよ(笑)。だから、まわりの人たちには随分助けられました。感謝しなきゃいけませんね」。
しかし、別世界から来てもバイタリティーのある人は、やはり違います。 異業種から来たという視点を逆に活かすことで、新しい事業展開に柔軟に取り組んでいったのです。

照れ屋でありながらバイタリティーに溢れる水口義継社長

風情漂う酒蔵の外観

年に2、3種類の新製品
そして、彼が行った事業の成功の第一弾となったのが、”道後ビール”だったわけです。
「この道後ビールは、お土産用に持って帰ってもらったときに、道後温泉のことも思い出してもらおうというアイディアで入浴剤もついてくるんです。でも、”土地のために”と思ってつくったこの道後ビールのお陰で、ウチの酒蔵は活気づいていると言っても過言ではないんです。その後は、失敗してもいいから、年に2、3種類の新製品は出していこうということで、いろいろな商品を試すように、コトを進めるようにしているんです」(水口社長)
アイディア商品
年に2、3種類の新製品というのは、かなりのペースですね。この酒蔵が豊富なアイディアで溢れているのは、そのラインナップを見てみれば一目瞭然です。日本酒だけでも、20種類以上ものお酒を取り揃えているのですから。そして、そのネーミングもデザインもユニークです。”夏目漱石・小説「坊ちゃん」”、”秋山兄弟(松山を舞台にした司馬遼太郎の作品のモデル
となった歴史的人物)”、”伊予の薄墨桜”、”愛比売(えひめ)” 等々。
そして、これらビールとお酒以外にも、日本酒をベースにした和風シャンパン・シリーズ、全日本国際酒類コンクールで連続2位を成し遂げた道後の焼酎「刻太鼓」などの商品を持つ上に、さらに、日本酒生まれの化粧水、ビール酵母入りじゃこ天、そして、石鹸!までを商品として備えているのです。酒蔵がつくるものの領域をはみ出しているところが、何とも興味深いですね。


谷をつくらない働き方
「元々、ウチの蔵には、代々伝わっている教えがあるんです。それは、”山はいくつあってもいいけど谷はつくるな”というものです」(水口社長)。
水口酒造の先々代からの教えだそうです。冬は忙しくても、夏の間は、どうしても杜氏は暇になってしまうもの。そこで、先々代は斬新なアイディアを考えたようです。「夏であれば、氷が売れる。ならば、製氷機なるものを購入して、かき氷を売ればいいのではないか」と。そこからはじまったのが水口酒造のもうひとつの事業、製氷機事業だったのです。そう、ここは、酒蔵には極めて珍しい製氷機事業も長きにわたって営んできていたのです。昭和初期の取り組みとしては、先見の明と言ってもいいほどの、垢抜けたアイディアだったようです。”暇をどうにか活用し、常に活気づけていこう” 、”暇なときに次のアイディアを考えよう”という水口家の先々代からの教えは、どうやら今にまで上手に受け継がれてきたようですね。

一人何役もこなすスタッフ陣
「だから、ウチの蔵のスタッフの働き方は、面白いですよ。午前中はビールの仕込みをして、昼からはお酒の瓶詰をして、夕方に氷をやるという具合に、一人が何役もこなしていますからね(笑)」(水口社長)。
確かに、蔵を見学させてもらっていると、スタッフ陣は非常に柔軟な働き方をしているような印象を受けます。一人が何役もこなす働きかた。その機敏さは、見ていて気持ちのいいものです。ちなみに、この水口酒造の蔵は、万人に開かれています。10人以下であれば、予約なしでフラリと訪れても、中をのぞかせてくれるそうです。自分の目で、酒づくりの現場、匂いを感じたい人は、是非、足を運んでみて下さい。古き良き松山と、新しくて楽しい松山が同居しているのを目の当たりにするのは、きっと多くの人が楽しめるものであるはずです。

一人何役もこなす蔵のスタッフ

美しい瓶は、こうして蘇る

レストラン『にきたつ庵』
そして、最後になりましたが、松山に訪れた人に自信を持ってお薦めできるのが、この蔵に併設されたレストランの『にきたつ庵』です。料理の味ももちろんのこと、何と言っても開放感のあるテラスや、深い風情の漂う和の空間が、心を和ませてくれます。外に面しているのは、ここのお酒「仁喜多津」の名の由来でもある「熟田津の道(にきたつのみち)」。道後温泉から商店街を抜けて伸びる遊歩道で、水路に沿った風情のある石畳の道です。町家風のカフェや美術館などがあって、旅先でのそぞろ歩きには、とても楽しい場所です。歩いてみると、100年前にここを歩いていただろう、夏目漱石の面影が脳裏に浮かんでくるのではないでしょうか。



クラシカルな雰囲気

高い天井に広々とした空間
1 Comment
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水口社長ガンバレ!
Posted by: Anonymous on May 12th, 2008 at 10:11 pm