漆の量産ができる仕組みづくりをしたんです:坂本乙造商店

2007年12月8日 カテゴリー: 福島県

漆の量産ができる仕組みづくりをしたんです:坂本乙造商店

“漆 X 工業製品”

読者の皆さんは、漆塗りと聞いて、何を想い浮かべるでしょう。輪島漆塗り、箸、器、などなど、いくつかのキーワードとビジョンが頭に想い浮かぶはずです。しかし、漆を用いた工業製品を想い浮かべる人は多くはないはずです。漆というものは、一品もので伝統工芸品。現代、多くの人たちが漆に抱いている印象は、そのようなものでしょう。「じゃあ、漆が大量生産できるというの?」胸に去来するのは、そんな当たり前の疑問です。「100円ショップ」に行けば、どんなものでも手に入ってしまう現代生活において、サバイバルを強いられる漆は、どんな道を探っているのでしょう。

同社ビルの隣にある、コンセプトショップ「坂本これくしょん」

会津若松は何の街?

会津は漆の街です。「会津漆器」と呼ばれて、国の伝統工芸にも指定されています。その歴史も、400年にも及ぶ、ひじょうに長いものです。起源は、同じく漆で有名な輪島塗り津軽塗りより古く、16世紀後半にさかのぼるとも言われています。会津漆器の特徴は、ひと言で言えば、幅広い多岐にわたる技法を持っている点にあります。花塗、変り塗、会津絵、錦絵、朱磨、鉄錆塗など、技法名も覚えられないくらいに、多種あるわけです。

会津若松の漆を現代に

さて、今回ここ会津若松市に見つけたのは、坂本乙造商店という漆屋さんです。所在地は、市内にある大町と呼ばれるエリア。今も数件の漆屋が軒を連ねます。その漆屋の中で、ひと際現代的な様子を通りにまで漏らすのが、このお店です。それは、古めかしい蔵づくりの建物とは対称的に、コンテンポラリーなショーウィンドーをのぞけば、一目瞭然。創業、明治33年の老舗とはとても信じられません。並べられている商品が、いわゆる伝統工芸品とは、明らかに一線を画したものなのです。指輪やヘアピンなどのアクセサリー、バッグ、ステッキなどをはじめ、携帯電話の着せ替えパネル、ジッポ、コーヒーカップなど、現代生活用品のラインナップがズラリ揃えられているのです。


美しく漆塗りが施されている

フォルムがモダンな漆塗りの小物入れ

錚々たるパートナー

しかし、このお店にもっとも驚かされることは、ここが単なるお店ではないということです。ここは、さまざまな大手企業とコラボレーションを繰り返してきた漆屋です。筆記具メーカーのパイロット、自動車メーカーの日産、カメラ機メーカーのペンタックスライカ、電化機器メーカーの東芝、時計メーカーのシチズン、釣竿メーカーのシマノ、フランスの食器メーカークリストフなど、恊働してきた名前は誰の耳にも馴染みの少なくないブランドです。

猫も杓子もなぜ漆?

列挙したような既に地位を築いた企業が揃って目を付けたのは、漆塗りの美しさでした。漆は、高級品としての品位をモノ自体にもたらせて、プロダクトのユニークさを際立たせてくれます。差別化、ブランド化に成功することが、プロダクトの命運を分けると言っても過言ではないのが現代です。彼らが、漆に目を付けたのにもうなずけます。しかも漆は、知る人ぞ知る、現代の注目の素材です。環境に優しい、軽くて硬い、耐熱性、難燃性、抗菌性といった特性を備えているからです。しかし、広いニッポン、漆の産地というのは、沖縄から青森まで数多く存在します。にも関わらず、多様なメーカーが、東北にある小さな漆屋とコラボレーションをしたがるのはどうしてでしょう?


東芝ダイナブックG8、2003年

ペンタックス645 Japan、1991年

ビクター コンポーネントシステム 雅

シチズン 和装 懐中時計

経験と知識

坂本乙造商店のオーナーである坂本朝夫氏に尋ねてみると、同氏は次のように説明してくれました。 「それは彼らの要求に応えられるだけの確固たる技術がウチにしかないということだと思います。最適な塗料、塗りの技術、そして相手先が求めることを把握して具現化に向けブラッシュアップしていくスキルなどです。私どもが身につけているこうしたスキルは、一朝一夕にできるものではありません。長いことかけて培った経験と知識があって、はじめてできることだと思うんです」。

工芸品から工業品へ

坂本乙造商店が、現在のように、工業製品の分野でも活躍できるようになったのには、時代の趨勢にうまく乗ることができたことと大きな関係があると言います。

「昭和57年、もともとは、レーガン大統領の就任記念のペンスタンドを依頼されたのが最初でした。これに対して、私たちは、最高の漆を、最高の技術を持った職人を使って、つくりました。ところが、納品した製品が返品されてしまったわけです。理由は、”塗り具合にバラつきがあるから”というものでした。漆に長く関わっていた者としては、意外な答えでした。漆なのだから、 バラつきがあるのは当たり前。むしろ、そのバラつきこそが、モノに芸術性をもたらす。それが、当時、漆に関わる人間の発想でしたから」。


黙々と作業する職人さんたち

工程を整理することで、しっかり管理

職人さんは、それぞれの工程に没頭

坂本朝夫社長、出身は福島ではなく静岡

レトロ感漂う会社のロゴが掲げられた本社ビル

ムラをなくすための技法?

当時は、漆が伝統工芸品としての道のみを歩んでいた時代です。こうした工業製品への漆技術の活用にニーズはあれど、それを受け止める漆屋は坂本乙造商店以外にはありませんでした。そして、勇んで手を挙げた同社も、やはり暗礁に乗り上げてしまうことになったわけです。しかし、同社が違うのは、ここで工業化を決して諦めなかったことにあります。

「味わいと称されていたはけの塗りムラは、工業品としては欠陥品の烙印を押された。ならば統一感のある仕上げをすればいい。そこから、工程の一新を図ったわけです。分業を止めて、社内での一元化を行い、ムラをなくすための漆をスプレーで吹き付ける技法を開発したのです。つまり、これは工芸品としてではなく、工業品として、漆を量産できる仕組みをつくったということになります」(坂本朝夫社長)。

さまざまなデザインの携帯電話の着せ替えパネル

米国航空局の審査をクリア!

研究と開発を2年間続けた後の結果でした。パーカー社もその完成度の高さを賞賛し、いよいよ同社は、漆の工業品化に導くことに成功したのでした。そこから先は、評判が評判を呼ぶといった具合で、大手メーカーからの依頼が相次いだわけです。携帯電話、パソコン、カメラ、双眼鏡、時計、釣竿、野球バット、自動車のインパネ部分など、前述のメーカーと恊働製作したプロダクトジャンルはどんどんと広がっていったわけです。そして、その極めつけが、「ものづくり日本大賞ー経済産業大臣賞」を受賞した日本航空のファーストクラス用シートでした。

ここで用いられた技術は、金属溶射と漆芸技術を組み合わせてFRP素材に用いたものでした。見た目の美しさばかりではなく、耐火性を高める表面処理加工です。航空機の内装というジャンルゆえ、厳しいことで知られる米国航空局の審査もクリアしなければならなかったわけです。これは、伊達や酔狂、思いつきだけでできるものではないことは、容易に想像つくことです。

とことんまで慣れ親しむ

「あるジャンルのプロダクトにチャレンジするときは、実際に自分が体験してみて、その製品のことをとことんまで調べます。カメラのときは、ズブの素人でしたが、マニュアルカメラを買って、カメラの露光の仕組みが構造的にわかるまでいじりました。釣り竿をやったときには、釣りもしました。航空機の内装のときは、出張の際に漆を塗ったトランクケースを持ち込んで、どんな反応をするかを見る個人実験もしたんです」。


同商店の金属溶射技術が用いられているJAL航空機のファーストクラス向けシート

レーガン大統領の就任記念、パーカーペン社のペンスタンド

ロジカルな思考と自由な発想

しかし、これだけのことを成し遂げるには、「研究心」「探究心」に加えて、「ロジカルな思考力」「自由な発想力」というものが求められるはずです。坂本氏が、こうまでものづくりに没頭できるのは、一体どうしてなのでしょう。そのヒミツは、彼が理系の人間(上智大学理工学部卒)であり、デザイン愛好家であるところにも関係がありそうです。加えて、彼自身は、会津若松の出身でも、この老舗の漆問屋の血筋を引く者でもありません。坂本乙造商店のデザイナーである奥様の家業を継ぐという流れから、漆の道に入っています。小さいながら、アクティブで、自由な発想に溢れているのは、そんな彼自身のバックボーンに大きく関係がしている、そう感じられて仕方がありません。

MOMAと坂本乙造商店?

そんな坂本氏は、きっと、この先もずっと革新的な商品を世に出し続けていくはずです。 「まあ、全部、楽しみながら遊びの延長線上のこととしてやっていることですよ。僕にとっては、仕事が遊びですから。そう言えば、実験的につくった漆塗りのトランクが、東京のユナイテッドアローズというセレクトショップの目に止まって、彼らともコラボレーションすることになったんです。UAで漆塗りのトランクを見つけたら、それはウチで塗ったものですよ」(坂本氏)。

若者のファッションの世界にまで漆を進出させているとは、「凄い」のひと言に尽きます。そう言えば、彼らのプロダクト「ハプニング」は、なんと!あのニューヨーク近代美術館MOMAのパーマネントコレクションにも加えられています。漆は、古くさい、年輩向けのものという認識は、同商店の製品を目にしたならば、きっと改まるはずです。日本各地に点在する漆産地に、同商店のアイディア性に富んだ取り組みがどのように映るのか。少し感想を聞いてみたい気もします。


MOMAに収蔵される「ハプニング」

漆塗料はここから

取材メモ:会津若松に行くことがあったら、同商店のコンセプトショップ「坂本これくしょん」に是非足を伸ばしてみて欲しいものです。奥様の理恵氏がデザインした数々の麗しいデザイン漆器と朝夫氏の手がけた工業製品の一部が拝めます。実は、筆者は、このショールームの奥にひっそりとある、まるでスタートレックに出てきそうな宇宙船内のような設計になっている隠れ家的ショールームを見せてもらいました。その空間のセンスの良さには、ただただ脱帽。しかし残念ながら、ここは、一般公開はされていないので、こちらのリンクから楽しんでください。製品・商品の詳細に関しては、同商店のホームページをチェックすることをお薦めまします。オンラインショップもあるようです。

コンセプトショップ「坂本これくしょん」の店内の様子はこんな感じ

2 Comments

  1. 不思議な不思議な漆の魅力。日本人で無ければ判らぬ味と思いきや、MOMAに展示されていたり、レーガンの就任記念品になっていたり・・・。

    Posted by: ウイロウ on December 11th, 2007 at 9:16 am

  2. 日本人が誇りに思えるトピックスがつづいてて幸せ。
    がんばれ職人!がんばれピンマグ!

    Posted by: okidoki on December 12th, 2007 at 10:18 am

  • Share and Enjoy:
  • del.icio.us
  • digg
  • Fark
  • NewsVine
  • RawSugar
  • Reddit
  • YahooMyWeb
以前の記事