“あの奥に何かがあるのではないか”と感じさせる異空間:四季彩一力

2007年10月18日 カテゴリー: 福島県

“あの奥に何かがあるのではないか”と感じさせる異空間:四季彩一力

“異空な仕掛け x 温泉旅館”

異空間の体験。これは、多くの人にとって楽しいものです。たとえば、レストラン、建築物、テーマパーク、劇場など、人々は非日常を求めて、異空間の中に身をひたそうとします。特殊な環境の中に身を置くことで、自分自身が当たり前だと思っていた感覚が一変するのは、何か奇妙な感じすらします。身近なところでは、飾り付けられた部屋、雪の降り積もった街なども、その中のひとつでしょう。また、もっと特殊な異空間という意味では、箱根彫刻の森美術館や現代美術家・ジェームズ・タレル光の家、建築家・安藤忠雄の建築物などが、その好例として挙げられます。たまの休日に大勢の人々が「異空間」を訪れる姿を目にすると、私たちが持っている「異空間を体験したい」という気持ちは、とても根源的なものであるように思えます。

迷い込んだ「不思議の国」のような宿

磐梯熱海の温泉街にある旅館・四季彩一力は、異空間を温泉宿として実現しています。中を歩いてまわると、不思議の国に迷い込んだような気持ちにすらさせられる、そんな旅館です。この旅館の歴史は古く、創業は大正7年にまでさかのぼります。老舗というだけに、著名人も多くここを利用してきました。日本初の銀行を創設し日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一氏、70年代に首相を務めた三木武夫氏、文学者の武者小路実篤氏や井上靖氏、芸術家の岡本太郎氏、そして昭和天皇皇后両陛下なども、ここに宿泊をしています。ほかにも、数多くのセレブたちが宿をとっている旅館です。彼らが寄せた信頼を見れば、この宿が老舗としていかに格調高いサービスを提供したきたのかの想像がつきます。しかし、この宿の本当の魅力は、別のところにあるように思います。それは、ここでできる異空間体験です。


和な異空間を彩るオブジェ

不思議な感覚を呼び覚ますオブジェ

宿の異空間体験 その一、何かを予感させる建物正面

ここでは、実際に訪れられない人のために、筆者が歩いて感じた異空間体験を書き記すことにいたしましょう。その異空間体験への予感は、建物を見た瞬間に直感できるものかもしれません。いわゆる温泉街にありながら、その威風ある建物は際立ったものとして目に飛び込んでくるからです。V字型の屋根、何本も並ぶコンクリートの列柱、強調された水平ライン、屋根に用いられている本瓦など、いくつかの要素が絡み合ってか、建物のずっしりとした存在感が心に迫ってきて、何か不思議な体験を予感させてくれるのです。


門から正面を眺める

V字の屋根

宿の異空間体験 その二、和紙が出迎える玄関

エントランスに歩みを進めてみると、長さ15メートルに及ぶ玄関アプローチが伸びています。そして、その玄関で上を見上げれば、天井には鮮やかな色に染められた唐紙と和紙がさりげない様子で飾られています。さらに、その横にもレース状の和紙がサンドされたガラスが並んでいて、美しい木漏れ日がキラキラと入り込んできます。これは、さきほど遠目からV字に見えた屋根の下にあたるスペースです。そして、さらに奥に進むと、風除室という空間につきあたり、月の形にあしらわれたコンクリのオブジェ越しに庭園が映し出されているのを見つけることができるわけです。ここに立ち止まってみると、まるで、茶室にでもいるような凛とした空気に包まれます。


風除室から見える月の形にあしらわれたコンクリのオブジェ

鮮やかな色に染められた唐紙と和紙

宿の異空間体験 その三、日本庭園に連なるロビー

次に足を進めて広がるのは、本館のロビーです。足下にはモザイク模様が、アーティスティックな導線として床いっぱいに広がっています。そして、ロビーから見えるラウンジスペースは、とても開放的。どうしてかというと、大きなガラス窓から大量の陽光が射し込むだけではなく、R状に設計された空間の目の前に緑溢れる日本庭園「水月園」が連なるように広がっているからです。


本館のロビー

庭園を眺めるR状に設計されたラウンジ

宿の異空間体験 その四、本物の自然を感じさせる花オブジェ

さらにロビーを先に進んでみます。すると、ロビー途中に池が流され、その上を渡されたブリッジには3メートルにも及ぶケヤキの柱が7本、スーッと天井に向かって伸びているではありませんか。自然に目線を柱に沿って動かしてみると、ケヤキの柱のてっぺんには花びらを見立てたオブジェが鮮やかに咲いているのです。咲いていると書いたのは、和紙の貼られたオブジェがトップライトから差し込む自然光を受けて、本当の自然のように見えるからです。夕焼け時にはオレンジの陰影が、夜明けには薄青色の陰影が、花びらを美しく彩る、その仕組みにはため息すらつきたくなるほどです。


ケヤキの柱が並ぶブリッジ

てっぺんには花びら咲くケヤキの柱

宿の異空間体験 その五、自然のモチーフが散りばめられたインテリア

客室に続く廊下にも、オブジェは飾られています。壁にはコンクリートのレリーフ、天井には組子細工があしらわれています。その模様のモチーフとなっているのは、山、草花、湖などの自然で、アートとしての四季が部屋まで続くという寸法です。美しくも不思議なオブジェやアート作品は、1階から2階に掛けられた階段にも、二階の吹き抜け部分にも、館内いたるところに点在しています。


組子細工の天井

さつま芋のような、コンテンポラリーなオブジェ

山と湖がモチーフ

山の谷間を飛ぶ鳥のモチーフ

宿の異空間体験 その六、2メートル以上の輪が宙に浮かんだオブジェ

しかし、その数々のオブジェの中でも、何と言っても印象的なものは、2階料亭前に出現する2メートル以上の直径の円形リングを備えたオブジェでしょう。その姿は、風を切る月といった様相で、風情がありながらも、岡本太郎氏の作品が持つような、圧倒的なエネルギーを感じさせてくれるものです。ここまでが、この旅館の内部空間です。しばらくの間、この空間を徘徊していると、ここが旅館だということを忘れてしまいそうになる程の堂々たる異空間ぶりなのです。


月のような輪

流れる風のような造形

宿の異空間体験 その七、約1500坪にも及ぶ日本庭園

ただ、この空間体験は、これだけでは終わりません。何と言ってもクライマックスは、ラウンジから広がっていた景色です。そう、この旅館の庭園「水月園」です。約1500坪にも及ぶこの庭園は、本館、西館、浴室棟に囲まれるようにしてたたずむ広大な緑です。緑と書きましたが、実際には、四季折々に草木はその葉の色を変えます。そして、それぞれの部屋、ラウンジ、ロビー、浴室の窓から景色が千変万化することを考えると、ここからは幾百通りもの借景を楽しむことができるということになります。実際に歩きまわってみると、草木に造形の深かったあの昭和天皇も長い時間を割いて、植物鑑賞をしたというだけあって、いかにもいろいろな草花が咲いていて、自然の神秘を感じずにはいられません。そして、何と言っても気持ちがスーッとリラックスさせられる癒し効果があるのも、ありがたいところです。


紅葉どきの水月園

雪化粧をした水月園

「人の手によってつくられた自然」と「本物の自然」

内部のオブジェ空間と広大な庭園。このふたつの要素は、言ってみれば、「人の手によってつくられた自然」と「本物の自然」という対比であるように思えます。そう考えると、「四季彩一力」という宿の名は、見事にこれを言い表したピッタリな名称です。そして、実際に体感してみて、頭に思い浮かべたのは、「盆栽」や「箱庭」という昔ながらの日本の自然を模倣した遊びでした。この空間づくりをした人物は、「きっと、この自然を模倣した遊びを旅館という場所で試してみたのではないか?」そんな想いが頭をよぎります。

”あの奥に何かがあるのではないか”

そこで、この場所づくりに携わった人物の考えに迫ってみるべく、同旅館専務・小口憲太朗氏に話を聞いてみました。

「この建物の設計を担当したのは、建築家・羽深隆雄氏です。彼が言っていたのは、お客さんが旅館に入ってきたときに、”あの奥には何かがあるのではないか”というイメージをわき立たせるような空間をつくる、ということ。そんな人々のイマジネーションを刺激する空間が旅館全体で連続して続いたら、素敵だと考えたのですね。それから、非常に大切にしていたのが、”平成の粋”を集めた空間にするということだったと思います。中を歩いてもらったらわかると思いますが、組子細工、江戸墨絵流し絵、雲母刷り、和紙など、それぞれの伝統技術の名匠に依頼してつくりあげたものです。特に、さまざまなところで用いた和紙の使い方には随分こだわってまして、オリジナル和紙のデザイナー、堀木エリ子氏とは二人三脚で非日常的を楽しめる空間づくりをしていったのですね」(小口氏)。

宿としてのファンタジー

なるほど、内部空間の和(人工)から庭園の和へ(自然)と流れるように導かれていったのは、きっと、”あの奥には何かがあるのではないか”というつくり手の意図、異空間を演出するための仕掛けがうまく機能しているからでしょう。また、箱庭的な発想を感じたのも、「粋」を一箇所に集めるという考え方が設計を行った建築家にあったからかもしれません。そう考えると、つくり手の仕掛けた罠は見事なまでに機能しているようです。しかし何より凄いのは、それらの意図がただの戯れごとに終わっていないところです。いい意味での驚きを、さりげなく旅館のサービスとの連携ができているのです。日常とはまるでかけ離れた世界、日本的なファンタジーの空間を宿として機能させるのは、なかなか生易しいことではないはずなのです。


窓に緑が映える客室

粋!

一度は体験しておきたい空間

華やかでありながら過剰でなく、艶やかでありながらいやらしくない、静と動が同居する空間。しかもそれが温泉宿であるのなら、多くの人の頭と心を洗い流してくれることは請け合いです。一度は実際に体験しておきたい空間ですが、どうしても訪れられない人が少しでもこの空間の空気を感じられるよう、最後に、詩人・大町桂月がここに宿泊した際(大正9年)に「水月園」について詠んだ詩を記しましょう。

“紅葉青山面にあたって横たわる一庭の泉石 おのずから幽清晩来の雲気稽角を圧し 三尺の金鱗踊って声あり” 大町桂月

古い言葉が多く、意味は今ひとつピンときません。でも、この詩の字面を眺めているだけでも、何となくこの場の空気が伝わってきませんか? 秋の夜長には、句からの想像遊びも一興です。

まばゆいばかりの借景

Text & Potos: Takafumi Suzuki *except several images

4 Comments

  1. 美術館とモダンなホテルの融合ですね!でも、部屋の中は落ち着いた旅館の佇まいがあって、泊ってみたくなりました。

    Posted by: 名無し on October 18th, 2007 at 12:56 pm

  2. 福島県にこんな場所があったんですね。
    紹介のとおり、箱根の彫刻の森美術館みたいな感じで、かつ落ち着いていて、サプライズです。

    Posted by: Anonymous on October 18th, 2007 at 1:01 pm

  3. すごく素敵ですね。行ってみたい!!

    Posted by: lily on October 19th, 2007 at 2:45 pm

  4. […] 青いだるまさんというものを見たことがあるでしょうか?キラキラと目映い色彩、四方八方に解き放たれる妖気。仙台に伝わる松川だるまは、衝撃的なビジュアルとオーラを宿した幸運のだるまです。人と人の出会いを結ぶ、両の目を見開くだるまさん、彼はどこから幸運を運んでくるのでしょう?いろいろなサイズがあります幸運呼ぶだるま私たちの生活のそこかしこで見かける、だるま。しかし、このだるまの何たるかは、案外、知らないかもしれません。だるまとは、漢字では「達磨」と表記します。そしてこのだるまさん、生まれ故郷は南インド、生を受けたのは西暦382年。仏教を異国の地、中国で広めた冒険的な人物でもあったようです。現在、世界中で「ZEN」として知られる禅は、実は禅宗の開祖でもある、だるまさんが発案したものと言われています。目標を成すためには、我慢強く事に取り組むという意味を持つ「面壁9年」という言葉も、だるまさんが悟りを開くのに、9年間、壁の前に座禅をし続けたという逸話から生まれた故事です。ちなみに、だるまに手足がないのは、不動のままに座り続けた、この9年間に、本人の手足が腐ってしまったから、という説も残されています。伝説の人物の魂宿すとはいえ、この偉人、150歳まで生きていたということが、いにしえの書物(『洛陽伽藍記』)には残されていますから、これを信じるなら、本当に偉人だったのでしょうね。そんな偉人にあやかりたい、そんな想いがダルマという縁起物を生んだわけです。そして、このだるまという縁起物の興味深いところは、銭にシビアな商人たちを中心に愛され、今も、多くの商人やビジネスマンたちの心のよりどころになっているというところでしょう。「座禅」という崇高な世界と「ご利益」という世俗の世界とが結びつけられている点が、何ともユニークです。心の広いだるまさんの魂は、崇高なものだけではなく、庶民の生活の願いだって聞き入れてくれるということなのでしょう。1887年の月岡芳年の木版画『達磨図』日本一派手なだるまさて、そんなだるまさんスピリットが入魂されたものの中には、珍しいものも多くあります。黒色、緑色、白色、黄色、とそのバラエティーの豊かさには、目を見張らんばかりのものがあります。しかし全国のだるまを並べても、最も目立ち、最もオリジナルなビジュアルを放つのは、きっとこの群青色のだるま、松川だるまをおいてほかにはないでしょう。日本一派手なだるまと言っても決して間違いではないはずです。筆者は、ここに日本の四季折々の美が織り交ぜられているように感じ、どうしてか福島県磐梯熱海にある四季彩一力の美しいインテリアを想い浮かべました。では、一体どうして、松川だるまは、こうまでに派手なのでしょう? それにどうして、最初から両目に黒目が入っているのでしょう? 松川だるまの歴史これに答えてくれたのは、松川だるまの歴史を受け継ぐ「本郷だるま店」の本郷尚子さんです。「仙台は伊達藩の土地です。伊達政宗は派手好きで知られた武将です。その伊達藩の藩士のひとりであった、松川豊之進がつくったのが、松川だるまなのです。こういう色彩豊かで、両目の描かれただるまも珍しいですよね。これには、片目だった政宗の、両目でしっかりと全方位を守りたいという想いが込められているようですね」(本郷尚子さん)。松川だるまが、「派手好き」「独眼竜」という言葉が浮かぶ、伊達政宗の元で生まれたというのは、合点のいく話です。四方八方を両の目で、しかも景気の良い出で立ちで守ってくれる。面壁九年、じっとして、つまらぬ思いをしていただろうだるまさんの魂が宿るハコとして、これほど素敵なところがあるでしょうか。あの伊達政宗のお眼鏡にかなったというだけでも、縁起物にふさわしい逸品であることは間違いありません。夫婦ふたりで息のあった作業をする本郷尚子さん本郷久孝さんだるまに守られた人生ところで、今回、「本郷だるま店」を取材に訪れた際、実はこのお店の看板役でもあった9代目の本郷けさのさんが83年の生涯に幕を下ろしたばかりでした。「”だるまさんが守ってくれるから”という言葉をいつも口にしていた人でした。明るくて、前向きで、お洒落が大好き。子供たちからも、遠方に住むおじいちゃん、おばあちゃんたちからも、みんなに愛される人だったんです。だから、いつも感謝の気持ちで、だるまづくりに勤しんでいたんですよ」(本郷尚子さん)そう懐かしむように、愛おしそうにけさのさんの話をするのは、旦那さん(本郷久孝)と共に10代目を継ぐことになった、先述の尚子さんです。彼女の話を聞けば聞くほど、けさのさんに会ってみたかったという想いが沸いてきます。しかしそれは、つまりは大往生をしたということの証でもあるのでしょう。やっぱり、だるまさんが守ってくれていた人生だったのでしょうか?江戸時代から伝わる製作法の基本は、いつの時代も同じだるまづくりに採用される張り子の技術が用いられたお面で遊ぶ子供人と人をつなぐ「本当に不思議なことがいっぱいあるんですよ。おばあさん(本郷けさのさん)が、亡くなった後も、不思議といろいろな縁ある人たちが、偶然にいろんな場所で巡り会わされたりするんです。病院のお医者さんや看護師さんが、実は、おばあさんのつくった松川だるまにお世話になったことがあったりね。他にも、子宝に恵まれた、入試に受かった、会社が持ち直した、良縁があった、なんていう知らせは、毎年、沢山寄せられるんですよ」(本郷さん) 松川だるまは、どこかで人と人の巡り合わせを演出しているのでしょうか。学生たちを引寄せた話、沖縄の人を引寄せた話など、本郷だるま店の松川だるまを通じて、いろいろな人と人が巡り会う様子を聞いていると、「そういうこともあるものか」と、不思議な気持ちにさせられます。ならば、松川だるまを何十年もつくり続けた、けさのおばあちゃんがだるまさんに守られないはずもない、そんな気にさせられるのです。いかにも頼りになる、福を呼ぶ顔つきの松川だるまだるまを買おう!本郷さんによると、松川だるまを買う人は、おおよそ3種類に分類されるそうです。信仰の厚い人、仙台土産として買う人、それから、だるま研究をしている人。しかし、その3種のどの人たちにも、きっと共通することは一つのはずです。それは、皆さん、この松川だるまに魅了されているということです。このだるまの存在感を目にしたら、知らんぷりして、家路につくことなんて、なかなか出来るものではありません。ちなみに、本郷だるま店で一年間につくるだるまの数は、約4000から5000個。およそ、その数のだるまが、福を招いていると考えると、少し楽しい気持ちになりませんか? このだるまさん、家に置くと、圧倒的な存在感を放ちます。そして、家の中が何だか明るい空気で満たされるのを感じるはずです。読者の皆さんが、3種類のどこに分類されるかはさておいて、これは、注文する価値がありそうな縁起物です。巷では、お取り寄せグルメが流行っていますが、お取り寄せ縁起物というのも、なかなか悪くなさそうです。無病息災、家内安全、商売繁盛、良縁成就!ちなみに、値段もお手頃ですよ。工房にずらりと並ぶ松川だるま。圧巻!Text & Photos : Takafumi Suzuki * Except several images […]

    Posted by: PingMag Risa - 「地方力再発見」マガジン » Archive » 福を招く群青のだるま:松川だるま on June 13th, 2008 at 8:52 pm

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